[電気仕掛けの箱庭]コンピューターとの出会い

[昔(2000年頃)、ここ「ラボ」ができる前に、メモ代わりに運用していた「電気仕掛けの箱庭」の記事を移転・一部現在にあわせて改変。]

私とパソコンとの出合いは、高校生時代まで遡ります(80年代)。当時初めて触れたパソコンがNECのPC-8801。まだ、マイコンとかいう言葉が通用していたところです。NECのPC8001、シャープのMZ80、富士通のマイクロ8など、往年の名機が幅を利かせていました。手作りのコンピューターも充分通用していました(今のようにマザーボードを買ってきて組み立てるのではなく、マザーボード自体を作っていました)。メーカーが独自ブランドでコンピューターを作って売り始めた頃です。言語もBASICとか、マシン語、COBOL、FORTRANとかが有名でした。共通のOSという概念は、まだパソコンには無く、各社独自の規格でパソコンを動かしていましたから、ソフトなんかもばらばらでした。

初めて触れたPC-8801は、もともと、機械科出身のおやじが、パソコンがブームになるとか言うので、購入したものです。世間一般のおやじと同じで、買ったはいいが、その後はまったく触れないという状況となっていました。構成は、PC8801本体、モノクロディスプレイ、テープレコーダーでした。これだけでも、当時30万円はしました。5インチFDドライブなんかは既にありましたが、1ドライブ40〜50万していて、あこがれの的だったた頃です。

そういうわけで、私のおもちゃと化したんですが、市販のソフトなんかは高くて手がです、もっぱら、パソコン雑誌に付いてきたBASICやマシン語でかかれたゲームプログラムを入力しては、遊んでいました。今にして思えば、ちゃちなものでしたね。クリエイティブなことをするわけでなかったので、すぐ飽きてしまい、しばらくして、あまり触らなくなりました。受験勉強で忙しくなったこともあるんですけどね。一浪したものの、無事大学に受かり、入学祝いにパソコンを買ってもらう約束をしていたものの、下宿の部屋が狭く、パソコンがおけない状態だったので、しばらく買わずにいました。卒業する頃に、卒論を書かなくてはならないから、その時購入しようということにしていました(当時も今もパソコンは数年で時代遅れになる)。数年間、パソコン触れない時期があった間、世間では、大きな変化がありました。そう、MS-DOSの登場です。BASICをちょこっといじってコンピューターから離れていた私は、MS-DOSもコンピューター言語の一種のようなものと当初考えていました(OS(オペレーションシステム)なんて概念は、それまでパソコンレベルではあまり聞かなかったものですから)。

SCIENTIST

そうこうしているうちに、大学の方でも講座に所属し実験をするようになり、実験データをパソコンで解析するようになりました(専攻は理系でしたが、コンピューター系ではなく生物系でしたので、プログラムをばりばりやっていたわけではありません。普通のエンドユーザーです)。当時はパソコンと言えば、NECの98シリーズ全盛でしたから、当然講座のコンピューターもPC-9800。NECの日本語MS-DOSの上に、ロータス123や一太郎などが入っていて、それらを使っていました。

当初の予定通り、「そろそろパソコンを買うべ」ということで、機種検討に入り、安いEPSONの機種を買うところまで決まっていました。今週末にはお店へ行って買おうとしていたときに、一大転機が訪れたのです。そう、当時98全盛だった時代に何があったのか、講座にAppleのMacintoshが1台入ったのです。今のものと比べると、だいぶ(ものすごく)ちゃちな「Classic」です。モニタはモノクロで8インチしかなく、ハードディスクは40MB、メモリは4MB。日本語はアウトラインフォントがなく、プリンタでうちだしてもぎざぎざ(MS-DOSも同様でしたが)。CPUの能力も決して速いとは言えず、ハード的には、どうってことないマシンでした。しかし、キャラクターベースでコマンドを打ち込んで命令するMS-DOS系の98しか知らなかった私は、グラフィカルユーザーインターフェース(GUI)(キーボードからコマンドを打ち込んでコンピューターに命令するのではなく、画面上のアイコンをクリックしたりして命令する)のMACにものすごいカルチャーショックを受けたのでした。

macse

これを転機に、一気にMAC党に傾いていった私は、98機をやめて、Macintosh SE/30を購入することになりました。APPLEはアメリカのメーカーでしたから、英語は強かったのですが、日本語環境は98にはかないませんでした。パソコン使う目的がワープロや表計算だけだったら、98を選んでいたでしょうが、論文用のイラストや図を描くためのソフト、科学技術系のフリーウェアソフトなども使いたかった私には、MACの方が魅力的でした。それほど、GUIには衝撃を受けたということです。それに、自然科学系の研究者にとっては、日本語より英語の方が使用頻度が高いんですよね。だから、日本語環境の劣悪さにはそれほど不満はありませんでした。それよりも、コマンドを覚えずに簡単にソフトが使えることの方がうれしかったです。

こうして、私の本格的なパソコンライフがはじまったのでした。